生憎の天候にもめげず18人の嬉々とした笑顔が飛び散った!

2月19日(土) 大山山頂集合 18名


 無常にも天気予報がバッチリ当り朝から氷雨が降っている。そこは楽観主義者のMMCメンバー、大山山頂を目指してアタックしたことは云うまでもない。こんな天気だからノーマルコースが多かったが女坂を登って下社に向った人、蓑毛からヤビツまで歩き、そこから山頂を目指した組など今年も大山山頂集合登山は止まぬ雨の中、18名の仲間たちが和気藹々と集まった。

 伊勢原駅バス停9時集合で25分のバスで行く本コースを案内していたが、昨年も殆どのメンバーが1台、2台前のバスで出発してしまっている。今年も8時40分にバス停の来ると松原さん、澁井祐子さんが8時45分のバスで出かけるという。女坂経由である。iメールに入った情報によると篠田さんたちは8時25分のバスに乗ったらしいが同行予定だった大箸さんが遅れて9時ごろ伊勢原駅に着くという。ぼちぼちと仲間が集まり、大箸さんも9時丁度に見えたので9時05分発の「大山ケーブル行き」のバスに乗った。ガラガラである。

 女房がiメールで平井さんに所在を確かめると返事があった。"9時05分にケーブル駅に着き、20分のケーブルで下社に向いお祓いを受けます。富沢さん、堀井さんは女坂を登っています"とのこと。
 大山バス停に9時25分に着き、トイレに寄ってできれば40分のケーブルに乗ろうと急な参道を歩き始めた。高橋さんと女房がどんどん先にいってしまう。普段なら15分はかかるこのキツイ参道歩きを10分で歩き、息を切らせてケーブルに雪崩れ込んだ。死にそう〜。

 下社では篠田さん平井さんのお祓いが始まるところで、大箸さんも社務所に入ったが次のタイミングになるようだ。大箸さんはこのところ腰痛に悩まされ、実に1年ぶりのMMC参加となった。しかし、今日はお祓いだけで山頂には登らないそうだ。お祓いの効果で早く直してまた一緒にMMCを楽しみましょう。

 お祓いの終わるのを下社で待つうち、富沢さん、堀井さんが石段を登ってきた。続いて澁井祐子さん(亭主はこれ又腰痛が完治せず、今日は町内の分別当番を引き受けてお留守番)、松原さんが白い息を吐きながら登ってきた。

 雨はシトシト降っている。金田さんと松原さん、渋井さんが傘を片手に登っている。足元は昨夜来の雪が残っていて木立ちから落ちる大粒の雨の雫で雪面があばたになっている。6丁目の千本杉を過ぎてもこの時期凍結していることが多い山肌は雪がかぶっている程度でアイゼンを必要としない。
 ところで大山本道には下社を1丁目として28丁目の奥社まで道標が立っていていつも登って行くときの目安となっている。この道標には私にとっていくつかの疑問がある。
 そのひとつ。古い道標も残っていて、その表示は「町目」であって、今の「丁目」と異なる。


1丁目


2丁目

3丁目

4丁目

5丁目

6丁目

7丁目

8丁目

9丁目

10丁目

11丁目

12丁目

13丁目

14丁目

15丁目

16丁目

17丁目

18丁目

19丁目

20丁目

21丁目

22丁目

23丁目

24丁目

25丁目

26丁目

27丁目

28丁目

 その二、丁目と町目の道標の置かれたところが異なること。例えば、下社(1丁目=一町目:英数字と漢数字で区別する。もちろん道標はどちらも漢数字が使われているが)から急な石段があり、途中の65段目に2丁目の道標がある。そして113段の石段を登り切ったところに二町目の古い道標が姿を見せ、ちょっと離れたとことに3丁目が立っている。このようなところは幾つもあり、例えば茶屋の下には12丁目、茶屋の上には十三丁目となっている。こんな行き違いも17丁目では道を挟んで十七町目の道標が立っている。
 その三、道標の名前。6丁目は「千本杉」、8丁目は「夫婦杉」、14丁目が「ぼたん岩」、15丁目が「天狗鼻突岩」。そして蓑毛から合流する16丁目は「本坂追分」、冬の晴天の日には端正な姿を映す20丁目の「富士見台」、大きな木製ベンチがある22丁目の「天狗沢展望台」、25丁目は「ヤビツ峠分岐道」、26丁目の「来迎谷」、27丁目の「御中道」、そして奥社の鳥居のところが28丁目で「奥社」と道標に刻まれている。28丁目は1247mで本当の山頂には丁目表記はなく「大山山頂」(1252m)と刻まれた道標がもう一つある。
 これらは何回も大山を登って行くうちにメモしてきたものだが、名前の付けられていない道標は何やら可哀想である。いつか私なりの名前を密かにつけようと思う。

 その四、丁目(または町目)の節目はどのようにして付けたのだろうか。「町」は距離を表す単位だから古い町目道標はある程度一定間隔に置かれたのかも知れないが、残っているのが少なく検証できていない。丁目の方はどうかというとカシミールで調べるまでもなくどう見ても間隔が揃っているとは思えない。道標には下社と頂上との距離が表示されている。例えば1丁目には「これより頂上へ2,017m」とあり、5丁目には「頂上へ1,877m、下社へ200m」、10丁目には「頂上へ1,585m、下社へ492m」。以下同様に16丁目、21丁目、23丁目そして25丁目に頂上−下社の距離が書かれている。これもすべての道標に書かれていない半端を感じてしまう。

 その五、・・・・やめましょう。くだらない感慨は。いつか暇になってもっと大山を登るときができたら改めて調べてみることにしたい。


踏み跡一つない雪道

 12丁目の茶屋は今日も閉まっている。今年元日に登ったとき、おじさんの姿が見えなかったので少々気になっている。土日は殆ど開いている茶屋なので通過するとき挨拶を交わすのだが、大分お歳のようなので少し心配である。もっとも今日はこんなお天気、居る方がおかしいのかも知れない。
 足元の雪面には踏み跡が全くついていない。今日は私たちより先を行く登山者が居ないのだろう。こんな天気だから物好き以外はやって来ない。16丁目で小休止した。蓑毛方向からの足跡が1人分付いている。一人ということはMMCの仲間ではない。昨日までのメールで有吉さん、栗田さん、福島さんがヤビツから登ってくることになっている。道路の凍結でバスがヤビツまで行かない場合。蓑毛止まりとなって或いはこの道に来るかも知れないと踏み跡に注意したが、どうやらヤビツから25丁目に登るようだ。
私たちが小休止しているところに蓑毛から3人のパーティーが登ってきて先に登っていった。

 20丁目の富士見台も当然ながら霧の中、いくら心眼で西の空を睨んでも見えない富士が見えるわけがない。25丁目の分岐に出た。ヤビツからの踏み跡がない。有吉さん一行はまだ通っていないようだ。この辺りの積雪は5〜10cm、吹き溜まりは30cmほどか、時折りズボっと山靴が雪の中に沈む。その下は凍結しているのでとても滑りやすい。足元に気をつけながら山頂を目指した。そんな中、山頂直前で女房が前屈みに転び、石で弁慶の泣き所を打ってしまったようだ。


頂上付近の積雪

 丁度12時、山頂へ到着。一面の雪景色。視界はなく雨風がひどくなって余り長居はできそうにない。奥社隣の売店の軒下に潜った。案の定、先を行った1人と3人のパーティーも同じ軒下に屯している。有吉さんの動向を確認するため、裏のアンテナ舎付近まで見に行った。雪が深く歩きにくいし滑りやすい。アンテナ付近は全く足跡はなく丹沢山系も雪景色の中に霞んでいる。念のために大声で呼んでみたが返答はない。お天気ならこの辺りでイベントをやる予定だったのだが。

 3人パーティーは早々と見晴台コースを下って行った。一人残った男性が立ったままカップラーメンを啜っている。"宜しかったら一緒におでんを食べませんか"と声をかけたのだが遠慮したのか、しばらくすると見晴台コースに下って行った。このコースも雪とぬかるみで大変なことだろう。

 軒下には私たちのメンバーだけになったのでいつもの調子のイベントが始まった。おでんの鍋が煮えるまで金田さんが持ってきた岡崎さんのオーストラリア土産の「吟醸豪酒」(日本酒)とカラスミに舌鼓を打った。両方ともオーストラリアの日本業者の産物のようだが、特にカラスミは旨かった。やたら辛いだけのものと違ってまろやかな味に薫煙が微かにかかっている。絶品である。高橋さんは娘さんがパッケージをデザインした「代官山プリン」を配ってくれた。以前、CCレモンの携帯ケースも頂いたことがあった。

 2つのおでんお鍋があらかた無くなりそうになった12時40分、有吉さん一行が登ってきた。案の定、バスは蓑毛止りでヤビツまで歩き、イタツミ尾根を登ってきたそうだ。雪の中、結構きつかったようで思わぬ時間がかかってしまったそうだ。3人は濡れた上着を着替えて早速イベントに参加となったが、今回は1月のMMCで予告したように有吉うどん、それも「ケンチンうどん」が始まった。いつものように大量の出汁から汁を作り、家で用意したケンチンの材料を加え、沸騰したらうどんを入れる本格的なものである。10人前のうどんは一鍋では収まらず2つの鍋で煮込んだ。おでんであらかたお腹がくちくなったのだが熱々のうどんはまた格別である。2杯もお代わりした。有吉さんご馳走様でした。その有吉さん、アイゼンの調子が悪く登りで大分苦労したようで体調も万全ではないようだ。


ぐつぐつ煮えたおでん鍋

具たくさんのケンチンうどん鍋

 雪の中、時間の経つのも忘れイベントで花を咲かせたが14時も大分過ぎたようだ。奥社前で記念写真となった。


集合写真は私の腕不足でちょっとブレていた。(ただし、篠田さんだけ?)

 気温は4,5度か、雪ではなく冷たい雨と風で体感では氷点下だ。金田さん、森本さんははじめ、見晴台コースを下って日向薬師に出て温泉に入って帰ることを考えていたようだが、この天候からみんなと一緒に本道を下ることになった。アイゼンを装着して早々に下る。私は上着にゴアテックスを着ていたのだがズボンの上履きを着けていなかったのでたちまち下着まで濡れて沁みてきて寒くなってきた。登っているときは雪だった道がこの雨でぐちゃぐちゃに溶け出し、田圃の中を歩いているようだ。谷内さんはこの雨の中、ビデオカメラを片時も話さず、撮影に余念がない。さすがに12丁目の茶屋の辺りで結露してテープが回らなくなってしまった。どうやら、このカメラ、壊れたら新しいものに買い代えたいらしい。


 19丁目でアイゼンを外した。無線で有吉さんは体調が良くないので先に下りてケーブルで下るようだ。
 下るにつれて気温は少し上がってきたが雨は相変わらず強く降っている。下社まで転げるように下って男坂の上の東屋に集合した。ここでお湯を沸かしミルクティーを飲んで冷え切った身体を温めた。有吉さんから16時のケーブルで下ると無線が入る。私たちも一時休んであと、女坂を下った。下社から参道の石段を下ったが両側のお土産屋、食堂は殆ど閉まっている。ひとつ、おせんべい屋が淋しそうに炭火でせっせと焼いているのを見た。
 バスは17時5分発、15分前にやって来たバスに乗車して濡れたゴアテックスなどを脱ぎ着替える。ほっと一息ついた。バスには私たちのメンバーだけだったのが発車の時にはどこから現れたのか満員になってしまった。豊田さんはズボンまでぐっしょり濡れているので座席に座るのをためらっている。福島さんが座席に敷物を置いてやっと腰を降ろした。

 思えば今日の天候は登る前から予測できたことである。それでも登る物好きはそんなに多くない。先に紹介した先着の1人と3人パーティーのほか、私たちが売店軒下でイベントをしていたとき、5人のパーティーがやってきて奥社の軒下で昼食を摂っていた。従って、多分、今日大山山頂へ登った物好きは私たちMMCメンバー17名、先行者1+3名、後からきた5名の合計26名だったと思われる。

 こんな天候でも登ればやはり楽しい。これは気心の知れた仲間と登るからだろう。という訳で今回のMMCも大成功(?)としておこう。



文責:小川 武