弁天から二俣へ、蛭を避け、会場移動したが?
6月17日(土) 鍋割山二俣河原 42名


 恒例のソーメン流し、梅雨ムシムシの最中にツルツルとすすり込む、熱々の天麩羅を汁に浸してじゅっと噛み砕く、あー美味しそう。さしたる登りも無く・・・MMCとしては一番の美食ハイキングです。蛭に飛びつかれなければの話ですが。
昨年の「弁天の森」では、パニックに陥るほど蛭に食いつかれました。そこで、今年は春先から有志の方が方々場所探しをしてくれ、イベント会場を鍋割山登山口の明るい河原「二俣」に移動した。

 9時30分渋沢駅集合の案内に従い、20分ごろ大倉行きA番バス停へ降り立つと数名のMMCメンバーがいるだけである。乗車予定は9時50分なので未だ時間がある。一か月のご無沙汰でそれぞれに近況報告等をしてバスを待つ。ここのところ、入梅して一週間はかばかしくない空模様が続いていたが、今日は梅雨の晴れ間である。20名ほどメンバーが列を成した頃、小川幹事長が降りてきた。普段、早めに到着して出欠やらメンバーの調子をチェックしてくれているのに?そうなのです、実は、お忙しい仕事を更に抱えられて、今朝もデスクに向かって一仕事済ましてから駆けつけて来た次第です。
 バス停が賑わってきたところへ更に別の中高年グループが加わりバス一台に乗り切れるか?という人数となってきた。何とか乗り込んだ人達で満杯のバスに揺られること10数分、1台前のバスで先行していた篠田会長らの待つ大倉へ到着。

 点呼を取り終えた小川さんから、蛭についての注意が行われる。蛭は、鹿の爪の間に卵を産みつけるそうだが、繁殖数を増している鹿が丹沢の隅から隅まで歩き回るので、卵も丹沢一帯に広がり何処にでも大量発生しているようだ。防衛策として、スパッツを装着したり、防除薬を足元に噴霧したり、足元を白っぽいもので被い見つけやすくするとか、・・・。因みに昨年の「弁天の森」では、参加者の半数近く20名ほどの人が被害にあったそうです。二俣の近くへ着いたら、防衛策を講じましょうという事でいざ出発です。


球根栽培の畑の向うに二ノ塔、三ノ塔

 大倉の周辺では、様々な野菜や、草花の栽培がされている。お年寄りが農作業をしている畑の先には丹沢の山並みが雲の切れ間に姿を見せている。ニノ塔、三ノ塔と纏わり付く雲が却って峰峰の鋭さを際立たせている。

 大倉集落を離れ、林道歩きに入ると蒸してはいるが、木々の日陰とオゾンの香りでよい気分である。先月の筑波山MMCで肉離れを起こした私は、リハビリを兼ねての参加である。緩い上りで山の気分も味わえ、一汗かいた後のビールが頭にチラチラで、極めて快適なリハビリ歩行である。ご同様のMMCレディーを捕まえては、リハビリ談義に引き込んだ。体全体を揉み解してもらっているというKさん、大変効果があるそうです。足元の関節を手入れされたEさん、私と同様リハビリ効果を狙って快調に歩いておられる。MMC一の健脚レディーYさんも痛めている足にサポーターして、今日は健脚に休養を与えているご様子。篠田会長から、歳も考えず歩き回り、疲労の蓄積がいけないと諭された私としては、反省しつつの林道歩きで癒されている。


蛭被害1号、傷は浅くても怖い

 前方で何やら騒いでいる。林道を青味が勝った細長い物が横切っている。ニョロニョロと。シマヘビか青大将か?蛇年だけれども好きではない。この後、茶色味の強い奴も発見したから、丹沢には蛇もかなり生息しているのかも。動きもくねくねと気持ち悪いが、がさがさと密かな音を聞かされたときも嫌ですね。昔、登山道に腰を下ろした途端、背後でごそごそ!思わず飛び上がったことが何度かありました。山野草の解説を聞きながらあれこれ眺めていると悲鳴が上がる。宮園レディー富沢さんが靴紐を解いていている。黒田さんが覗き込むようにして蛭退治をされている。コロっと膨らんだ蛭だ。何処からどうやって食いついたのか?登山靴の中、毛糸の靴下を通して吸い付いたらしい。靴紐を確り締め直して一件落着と思いきや、一部始終を恐々見守っていた山本さん、なんとなく足首が痒いとおっしゃる。小石の乾いた明るい場所へ移動して、スパッツを外し、靴を脱いで点検する。幸い被害なし、ご本人ホッと胸を撫で下ろし引きつった顔が幾らか緩んできた。蛭発見と篠田さんから無線が入る度に、辺りを見回すが見つけられるものでもない。それにしてもどのようにして飛びつくのか?枝からも落ちてくるのではとの声に、小枝を見上げると背中がむづ痒くなりそうだ。


昨夜来の降雨で水量は多い

 二俣の勘七沢を渡ったところで、スパッツを付けたり、靴下を引き上げてズボンを包み込んだり、防除液をスプレーしたりと蛭対策を済ませる。後30分ほどの行程とのことで、そうめん設営隊は先行する。鍋割山へ登る時にも感じているが、此処までの林道歩きは距離があり、相当のアルバイトである。緩いのぼりとはいえ、大倉バスターミナルの標高290mから目的地の河原まで350mほど標高差があるから、思いのほか時間を要する。本沢を渡って回り込むと12時20分過ぎになり、堰堤でイベントの準備が始まっていた。蛭が散見されたりもしていたので、陽射しの当たるコンクリート面へ場所を確保したらしい。しかし、そうめん鍋3台と天麩羅コンロ2つを並べて、全員が腰を下ろすには狭すぎる。そうめん茹で組み以外は、日当りの良い場所にビニールシートを広げ、意を決して河原に下りることにした。

 コンロに火が入ると何時ものイベントペースである。銘酒が配られ、おつまみが廻ってくる。グット飲み乾すと蛭の事は何処へやら、賑やかに盛り上がってくる。車が乗り入れられず、佐藤さんのそうめん流し装置が持ち込めず、これは残念。しかし、水量豊かな流れが手近なところにあり、そうめん作りは快調である。


堰堤の上は格好のイベント会場、天麩羅は下の広場で・・・

 三つの鍋に田中さんが乾麺を鮮やかな廻し込みでつぎ込んでいく。茹で時間は3分。ビニール籠に空け流水で締める。ザルに移して配る。あっという間に空になる。総勢42名のそうめん作りは忙しい。河原の天麩羅が揚がりだす。小川さんの手つきは相変らず職人風である。二つの鍋で揚げた熱々の天麩羅をそうめん汁に浸し<天麩羅そうめん>を味わう。家の中で天麩羅を作ると油の匂いが籠もり嫌な物だが、河原では涼風に臭いも消し飛び、良い匂いだけが芳しい。田中さん、小川さんから引き継いだ弟子の方々も、どうやら上手くいっているようだ。素直に教わった通りに遣ればよいのです。手が滑って麺を鍋外にまいたり、揚げたりないかぼちゃがあったりはご愛嬌です。弟子が飽きたのか?見かねたのか?宮園レディーの庄子さん、後半長いこと天麩羅揚げ役をして頂きご苦労様でした。

 食材をすっかり使い切り、そうめんも数束残すだけとなり、満腹の声があがる。黒田コーヒーを頂くが流石に大勢で足りなくなってきたので福島さんの紅茶を追加する。田中写真館の記念撮影でイベント終了。


天麩羅は次々と揚がる

佐藤さんの手動ソーメン流し?

数えてみてください。42名全員揃っているかな?

 明るい場所と防衛策が功を奏したのか蛭被害者は3名ほどらしい。もっとも家に帰ったら靴下の中にいたりして。見つけたら必ず処分してくださいね。帰りは来た道を三々五々腹ごなしをしながら歩く。鍋割山登山の折には、暑さと偽山頂に苦しめられるのだが、この林道歩きも長いと記憶している。片道2時間弱の歩きは、鍋割山に登らなくても長いです。秋本さん紹介の新参加の松田さんは、歩くのがお好きだそうですが如何でしたか。林道から大倉バス停への標識に沿って曲がると間もなく帰り着ける。畑が現れると田舎の臭いが強く漂ってきた。行きには、こんなに感じなかったのにと思いながら急ぎ通り過ぎる。車道へ出たところでスパッツをはずし足元に風を入れる。裕子さんが畑作業の方に、球根栽培の花の名前を聞いてくれたのだが、3歩も歩かないうちに思い出せなくなってしまった。でも、長閑な農作業を眺めながら帰り道を辿るのも山歩きのホッとするところかも知れないし、疲れが抜けていく。来年も栽培していたら確かめてください。
 
 大倉バスターミナルで汚れ落としとしぶとい蛭の始末を済まし、混み合うバス16時10分と18分始発に分乗し渋沢駅前で流解散とした。
 9名が駅前「いろは」で反省会を行い、蛭対策に合格を与え、暮れ落ちた駅前で散会とした。


写真:田中、平井、篠田 (敬称略)

平井 義雄 記