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スルギ・迷い道へようこそ
10月21日(土) 子の権現 30名
MMCで初めての山歩きコース、スルギ・迷い道をMMCで行くことになった経緯は「番外MMC・9月24日」に載せた。
4人でしっかりと下見をしたので、すでに「迷い道」ではなくなったが、MMC呼掛けキャッチコピーは迷わず「迷い道」とした。
天候はうす曇り。展望は望めそうにないが山歩きには気温も高くなく良いハイキング日和と言うことだろう。吾野駅9時46分着で降りてきた仲間は総勢30名。今日も楽しくなりそうだ。点呼のあと、今日のコースをざっと説明して、@先頭・中間・末尾に無線機を持った人が就くのであまりバラケないように Aイベントのあと、さらに1時間ほど歩くのであまり飲み過ぎないように、と注意をして歩き始めた
先週の日曜日、大山へ登った家族4人が一時行方が分からなくなって3日目に救助された。どんな山でも気を抜いてはいけない。MMCも確実に高年齢化してきており、油断は禁物である。
雑木林の中は歩きやすい
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前坂に向かうとき、2人の先行者がいた。挨拶を交わして彼らは登っていったが前坂から大高山、天覧山の方に行くらしい。キワダ坂からスルギ方面には多分今日も人に遭うことは無いだろう。
私たち下見をした3人(恭子は都合があって今日は欠席)は余裕を持って登って行ったが、初めての皆さんは興味津々と云ったところ。辺りの植林地を縫って登っていく。
前坂からキワダ坂へ右折する。山道は腐葉土が堆積して靴底の感触は良い。歩きやすい道だ。1ヶ月前には気付かなかった草花も見られる。真っ白な大きな穂をつけたサラシナショウマ(晒菜升麻)が目立つ。瓶洗いのような大きなブラシ穂から私はとっさに「一升瓶ショウマ」と名付けた。
今日、覚えた花にナギナタコウジュ(薙刀香需)がある。淡紅紫色の小さな花が穂端の片側につき反り返り、薙刀に似ているからこの名前が付いたという。
石灰石採石場で通行禁止になった地点から左の道をグンと下って舗装道路に出た。路肩に星型でピンク色の小花を見つけた。名前を聞かれたので、とっさに「コンペイトウ花」と答えたら、井星さんがそうなのと納得した。冗談ですからまじめに受け取らないでくださいと謝った。
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コンペイトウの花(うそです)
←舗装道路に出て路端の花を愛でる
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下見ではここでかなり時間を費やした。地図では舗装道路には出ず、道は山の中を続いていることになっている。今日は迷うことも無く、当たり前だが登山道に入った。檜の植林地帯は急坂である。一気に登るとまた下る、いわゆるアップダウンが多い。痩せた尾根を登りながら振り返ると採石場が見えた。
11時45分、昼食イベントを予定していたブッシュの高台に着いた。12時を予定していたから良いペースだ。これも下見したからだ。早速、味噌汁を作る。材料は来られなかった恭子が昨晩用意してくれたものだ。大根の千切りと京都特製油揚げである。ほかにもわかめ、えのきやナメコを持ってきてくれた人がいた。味噌汁ができあがるまでに亀沢さんのウインナー炒めが回ってきた。ほかの人もりんごや柿、パイナップルまで差し入れしてくれる。イベントでのアルコールは控えましょうとの案内に戸惑ったのか田中さんは12個入りの薄皮饅頭を持ってきた。1個を4等分して私にも回ってきた。
お酒が少ない分、大半の人は食事が終わったころ、熱々の味噌汁は出来上がった。自画自賛ながら結構いけます。私はおにぎりを頬張りながら味噌汁をじっくりと味わった。
この場所は広場ではなくブッシュだらけの高台である。記念写真を取るのは難しいと思ったが、そこは山の写真屋、田中さん、斜面の小枝や枯葉を払ってひな壇を作り、記念写真に納まった。
スルガ猿山の記念写真
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13時に歩き出した。豊田さんからこの場所は何と言うところ? スルギですかと聞かれた。スルギはもう少し先だけど、とっさに、ここを「スルギ・猿山」ということにしようと決めた。
子の権現までもアップダウンの疲れるコース。お酒は余り飲んでいないがお腹がくちくなった分だけ身体が重い。先頭の平井さんから天皇さんのお立ち台によりますと無線が入る。そうだった、コースを少し外れた高台に展望の良い場所があったことを思い出した。ここから子の権現の小高い山も見える。まだ大分先にある。本当にあと20分くらいで着くのと聞かれたが自信を持って着きますよと答えた。
14時前に子の権現についた。初めての人や久し振りの方は本社までお参りに行った。私は先月行ったばかりなので丘の東屋に直行してザックを下ろし、ビールを飲むことにした。大きな囲炉裏があるので安心して火を点けられる。黒田さんがコーヒーを沸かしてくれた。
女性に囲まれて田中さん照れる
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お参り組も三々五々東屋に集まってお茶会が始まった。ほっこりとするひと時である。吉野さんがザックから「五郎八」を取り出した。新潟のにごり酒でまったりとした甘いお酒、21度もある。今年から酒税法が改正され、品目が「清酒」から「リキュール」に変更されたそうだ。勿論中身は変わらないから旨さに変化は無い。口に含んで味わった。
東屋の近くに石山があったので、とっさに「子の猿山」と命名し、ここで今日2回目の記念写真を撮った。勿論、田中さんと小林さんがカメラを構える。タイマーのタイミングが同期しないことで笑いが起こる。楽しい写真が撮れたようだ。
15時前に下山を開始する。西吾野への道は延々と続き、それでも結構早く西吾野駅に着いた。電車を待つ間、残ったお酒を出し合ってホームで反省会を開いたことは云うまでも無い。
子の猿山で記念写真
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ところで「スルギ・迷い道」の(迷)マークは岡崎さんの持ってきた昭文社の地図にはない。舗装道路に出ることも載っている。2006年発行の新しい地図だ。私たち、下見組の持っていた3人の地図は99年もの、古い情報だったのだ。当たり前のことだが道は開発などで変わるのだ。最新の地図に買い換える必要があるのだ。私の持っている地図の中には10年、20年以上昔のものもある。勿論、その後、新しい版に買い換えてあるが、古い地図も書き込みなどがあって捨てがたい。

1999年の昭文社・山地図
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2006年の山地図
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同じ昭文社の地図なのだが、地色からすべて異なる。でも、古いほうが見易いと思った。
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今の山地図の紙質は破れない丈夫な紙だが、昔の白地図(2万5千分の一)は折れ目が擦れ、破れ易かった。親父から正式な折り畳み方を教わり、表面がビニールになっている地図専用の袋に入れ、首に掛けて丹沢の山を登った頃が懐かしい。
写真:田中、小林、北村、篠田、小川(敬称略)
文責:小川 武
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