
冬支度に入った落ち葉の絨毯を踏みしめながら歩く
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MMCの締めくくりはやっぱり景信山・餅つきでなくっちゃ! 景信山で餅つきをやろうと亀沢さんが云い出したのは7年前、2000年だから今年で7回目なのである。翌2001年はMMC史上最高の47名が集まった。その翌年は雪となり17名の参加者は思わぬ雪景色を堪能したのである。そして今年は天候も良いようだ。果たして何名が集まるのだろうか。 例年、この時期の小仏行きのバスは満員となり、増発があたりまえの賑わいとなる。9時32分発と呼び掛けたが1台前の12分発にかなりのメンバーが乗り込んだ。私は予定の32分まで待って後発グループとなった。11名のメンバーが乗り込んでいるがこの便も増発が出てみんな座ることができたようだ。
先頭で北村睦子さん、井星東洋子さんがどんどん登っていく。男性陣は汗をかきかき追いかけるのだが追いつかない。途中で出会う他のグループも抜いてしまう。30分ほど登ったところでやっと休憩して待っていてくれた。小休止の後、再び登り始めると篠田さんから無線で"今どの辺?"と聞いてきた。"もうじき小下沢の出会いに着きま〜す"と答えると"近いから出会いで待っている"と言う。5分ほどで篠田さんの姿が見えた。本当に5,6人が待っていてくれたのである。 昨年、シモバシラの花を見た坂を登れば立派なトイレがある景信山山頂である。「MMC様休憩場所」と貼り紙のあるベンチの周りに思い思いザックを下ろしてイベントの仕度に掛かる。まだ11時を少し過ぎた時間である。亀沢さんが景信茶屋に出向いて到着したことと、餅つきの時間を12時から少し早めてもらうように頼んだ。亀沢さんは1ヶ月以上前に2臼の餅つきを予約し、昨日も確認の電話を入れてある。
昨年は見当たらなかったが「ガスコンロ無断使用禁止 景信茶屋」と貼り紙が桜の幹に掲げられていた。先日、田中さんが1人で登って来てザックをベンチに置いたら厳しく文句を言われたと憤慨していたことを思い出した。山の上でも世知辛くなったものだ。亀沢さんに頼んでガスコンロの使用を申し込んでもらったら、「ガスコンロ使用許可証」の小旗を出してくれた。 田中さんの八海山、後藤さんの越乃寒梅の一升瓶が廻ってきた。勿論頂戴した。今回は小松さん、北村さん、高橋さん、亀沢さん達、女性陣がトン汁の仕度をしてくれているので私はコンロに鍋を乗せただけで席を離れ思う存分美酒を味わうことにした。加茂鶴が廻ってきた。当然頂く。
トン汁も出来上がり、アツアツを口に入れる。やはり、料理のプロの味付けは流石だ(少しゴマを擂ったかな)。餅もつき上がったようだ。おろし大根に浸したつきたてのお餅は柔かくてうまい。ひと口で食べてしまった。そうそう、私も年寄りの一人だ。餅を喉に詰ます事故には注意しよう。
トン汁と餅つきが一段落したので、今年のMMC締めくくりとして皆勤賞の表彰式に移った。皆勤賞は亀沢さん、栗田さん、篠田さん、田中さん、平井さん、そして私の6人、賞品授与の役は秋本さんにお願いした。賞品の中身は撥水・防寒の高級手袋、これからの冬山では重宝するだろう。6つ賞品を用意するところ、間違って5つしか購入しなかったので、私の分は「目録」となった。後日同じものを買うことにしよう。 記念写真はいつもの景信茶屋をバックに横に並んで田中さんに撮ってもらう。まだ時刻は13時20分、帰路は小仏からバスで帰る組と小仏峠から奥高尾に登り返して高尾山を縦走する組となった。一応、ここで解散してみんなで小仏峠まで下った。一気に下ると廃屋のような小仏峠の茶屋前に三々五々集まってきた。ここで最終的に解散して2手に分かれた。
この1年間、8月を除く11回の定例MMCも成功裏に幕を閉じた。5月の筑波山で雨と雷に出会った以外はほとんど快晴続きであった。参加人数も述べ403名と最高の賑わいとなった。来年もMMCを元気で歩きたいものとつくづくと思うのである。また来年、お逢いしましょう! 景信山お餅つきの歴史的集合写真
写真:田中、渋井、篠田、恭子、小川(敬称略)
文責:小川 武
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