氷がとけたら何になる? 理科のテストである子が「水になる」ではなく「春になる」と答えたという話、最近の朝日新聞「天声人語」で語られ、今朝も続編が掲載されていた。
毎年2月、MMC恒例の大山山頂集中登山の日を迎えた。今日のお天気はまさに「春になる」予感を思わせる快晴となった。このお天気、大勢の仲間が大山山頂に集まることだろう。
8時50分過ぎ、伊勢原駅バス停に着いて9時5分発に乗った仲間達を見送り、25分発のバスを待つ。例年、最終バスに乗って参加者の状況を把握している。蓑毛−ヤビツ峠間が土砂崩れで通行停止になっている状況では表参道を登る人がほとんどだろう。千葉さんご夫婦は日向薬師側の登山口から見晴台を経由して山頂を目指すと言う連絡が事前にあった。

お祓い組みの4人 |
25分のバスに乗って大山ケーブルを目指す。バス停からケーブル駅まで歩き始めの石段には毎回息が上がる。フーフー云ってケーブル駅で切符を買う。10時発が出たばかりで20分まで売店のコーヒーを飲みながら待つ。
下社に着くと一台前のバスで先行した皆さんが待っていてくれた。下社の境内は陽が当たって暖かい。霞んではいるが相模湾も見えている。今日の陽気はハイキングにピッタリの素晴らしいお天気だ。今日の初参加はNTS-OBの新開さん、小俣さんの仕事仲間で矢島さんの二人、簡単な紹介をして全体の参加者点呼は山頂ですることにした。
篠田さん、平井さん、堀井さんが毎年下社でご祈祷を受けているが今年は恭子が加わった。膝の治療を受けながら山に行かれる喜びを長く続けたいと「身体健全」を祈願するためだ。
お祓い組を後にして下社一丁目から本参道を登り始める。まず、113段の急な石段に迎えられる。登り切ると三丁目だ。雪はあまり着いていない。これならかなり上までノーアイゼンで登れそうだ。

千本杉でアイゼンを着ける |
下っている人の足許を見るとほとんどアイゼンを着けている。上の雪はどうですかと聞くとやはり上の方はアイゼンがあった方が良いですよとの返事。それなら早めに着けてしまおうと六丁目の千本杉でアイゼンを着け始めた。私は栗田さんにサポートしていただいた。澁井さんが祐子さんに手伝ってもらっているが難儀している。初参加の新開さんは新品の六本歯を上手くセットできただろうか。
アイゼンを着けると滑る不安が減って安心して登れるがその分ピッチが落ちる。十六丁目の本坂追分までゆっくり登り、ここで休憩となった。
日向は暖かいのだが気温は5度くらいか、日陰に入ると冷たさが身に沁みる。汗ばんだ身体が急速に冷える。余り長居はせずに登り始める。十七丁目付近はいつも日影で雪の季節には凍り付いているが今日はそれほどでもない。
二十丁目の富士見台で楽しみにしていた富士山の姿は見えなかった。残念!
陽の当たっている山道は雪が解けてぬかるんでいる。大きなベンチのある二十二丁目でいつものように桂ちゃんを撮影する。いつもなら恭子と並んで撮るのだが今日は睦子さんと良子さんが加わった。日当たりがよくいつも良い笑顔が撮れる。

先発組の3人娘 |

お祓い組の二人 |
二十五丁目のヤビツ峠分岐に着くと山頂はもうすぐだ。大きなごろた岩を登り、鹿よけの金網状の通路を通ると奥社の立派な鳥居が見えた。
一緒に登ってきた仲間の多くは鳥居の左側から集合場所のアンテナ下に行く道を選んだが、私は売店の石井さんに挨拶するため、奥社への道を登った。売店で挨拶すると"今日は奥さんは?"と聞かれた。いつも二人で挨拶に来るので心配してくれたようだ。

並んだお神酒の数々 |
山頂のトイレは凍結のために入口が鎖で閉ざされている。12時30分頃、アンテナ下に着くと佐藤キンちゃんが鉄塔台の雪氷をせっせとかいている。コンロの風除けの鉄板が役立っていた。次々とアンテナ下に仲間が集まってきた。私の持参した一升瓶は有吉さんから若手の矢島さんへ手渡され、担ぎ上げてくれた。ご苦労様でした。
澤田さんは"大山に久しぶりに来たがこんなに大変な山だったかな。二十六丁目でフーフー言っていたら一回り以上歳の差のある鈴木さんに追い越されてショックだった"と嘆いていたが、彼のザックには水2リットルとお酒2リットルが入っていたことも報告しておきます。

贅沢な熱燗 |
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おでんが出来上がった
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有吉さんがうどんを持ってきて佐藤さんがそのための鍋やコンロを持ってきたのだが、肝心のおでん用の鍋とコンロを持った篠田さんや平井さんがお祓い組みで遅れているので準備が進まない。先ずは売店で買った缶ビールと集まった日本酒で乾杯した。
途中、お祓い組みと無線で交信したが13丁目辺りでは電波が届いていたが、その後、交信はできなかった。やっと27丁目の鳥居のところを通過した平井さん一行と話ができた。
少し遅れて鍋を持っている澁井さんが到着した。北海道土産の鮭カマの燻製なる珍味を初めて頂いた。
もう一組、日向から見晴台を経て山頂に直登しているはずの千葉さんご夫婦が遅れている。携帯電話は不通箇所を示していて連絡は取れない。千葉さんはベテランだから大丈夫だろう。
お祓い組みも到着しておでんパーティーが始まった。辺りに良い匂いと暖かそうな湯気が漂い始めた。気温はグッと下がって零度辺りか。日向は暖かいのだが、一瞬日が陰ると一変に寒くなる。お酒を飲んでいたがこの気温では熱燗が欲しいところ。一升瓶を有吉さんのうどん出汁の中に浸けてみた。うどんはおでんのあとに出そうとしていたので丁度良い。お酒も丁度良く燗がついたようだ。
千葉さんが二人分のザックを持ってやってきた。せつ子さんが遅れているのでみんなに心配かけまいと先に来たようだが、せつ子さんは大丈夫?
おでんが煮えあがって熱々を頬張る。旨い! 冷えた身体が中から暖まってくる。おでんパーティーは終わりを知らず、何杯も大鍋を空けていくが減らない? 有吉うどんも出来上がった。食器を持って列に並んだ様子はどこかで見たようだ。難民キャンプ村か年末炊き出し村の情景そっくりだ。それにしても有吉うどんは出汁がよく利いてとても旨かった。

有吉うどんに行列 |

うどんの配膳奉行は田中さん |
14時10分に田中写真館による集合写真の時間となる。霧氷を背景に幾重にも並んだ。集合写真のあと、その場で今日の参加者を点呼した。34名である。

快晴の雪景色の中に34名が勢揃い(画像をクリックすると拡大します) |
ここで紹介することを失念してしまったが、小林庄一さんが3月12日からJICA派遣でアフガニスタンに行くことになっており、今日のMMCで【アフガニスタン壮行記念品】を贈ろうと密かに準備していたのだが、数日前、風邪気味となり、大事をとって今日のMMCは自宅で休養するとメールがあった。前記の記念品は郵送することにいたしました。
14時40分、下山開始。集合場所を男坂の上の東屋として思い思いに下って行った。雪や凍結のある時の下りは本当に要注意である。岩で滑っては大事だ。アイゼンが引っ掛かっても危ない。前歴のある私は特に注意をしなければならない。両足に全神経を廻らせて下るので身体はすぐに汗ばんでくる。

下りは十六丁目の小鹿 |
十六丁目のベンチで休憩とする。崖の下に鹿がいるのを誰かさんが目ざとく見つけた。鹿はこちらを凝視しているが動じない。そう言えばお祓い組みが十三丁目辺りで小鹿を見たと言っていた。
十一丁目辺りだったろうか、後で声が上がったので振り向くと新開さんが転んだようでした。周りに居た田中さんや平井さん、澤田さん、キンちゃん、恭子達が直ぐ対応して大事には至らなかったようで、澤田さんが新開さんの荷物も持って下ってきました。顔に擦り傷ができたようですが今夜痛まなければ良いのですが・・・・。
三丁目の石段の上でアイゼンを外していると平井さんから無線で最終組は五丁目でアイゼンを外していると連絡してきました。
石段を降りたところで、岡崎さんはケーブルカーで帰るというので最終が16時30分に間に合うためには東屋のコーヒータイムに寄らずに分かれました。トイレ脇で若者三人組もケーブルに向かった。千葉さんはこれから見晴台経由で日向側登山口に置いてある車まで帰ることになり、日が暮れると山道が暗くなるので懐中電灯の確認をして分かれました。
新開さんはケーブルで帰るため、岡崎さんたちと合流したようです。東屋では黒田コーヒーの準備が始まっていましたが、庄司さんの姿だけが眼に見えない。大山では過去に解散時のごたごたで一人見失った記憶もあったので庄司さんの携帯に電話をした。膝が痛くて遅れてしまい、やっとケーブル駅に着いたようで最終の30分発にはどうやら間に合ったようでした。やれやれ、これで全員の確認が取れました。
17時前に女坂を下った。日が暮れると男坂には明りがないので危険のためだ。女坂でも段差の大きな石段が各所にあり、大山寺まではやはり要注意である。富沢さんと歩きながら"今日は宮園三人官女のうち、庄子さんはどうしましたか"と聞くと、腰痛だそうだ。春になって暖かくなれば快復するでしょう。また、一緒に山歩きを楽しみましょうね。
17時42分発のバスに乗り込んで急に眠気を催した。私にとって大山は一番慣れ親しんだ山だが毎回結構疲れが残るお山です。今日も精一杯楽しみ、そしてとても疲れました。この心地良い疲れがまた来たくなる原動力なのでしょう。ありがとう大山。
(追伸)
この駄文を書いているとき新開さんからメールが来ました。
"昨日は帰宅後、ビールを飲んで、経過報告もせずそのまま寝てしまいました。心地よい疲れでついさっきまで目が覚めず連絡が遅れてしまいました。次からは、山頂でのお酒は程々にして楽しみたいと思います。皆様には大変お世話になりました。"
先ずは大事に至らず良かった良かった。