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梅雨が明けた日のMMCハイキングだ!
7月17日 大塚山 36名
気象庁は17日、九州北部から四国、中国、近畿、東海、関東甲信、北陸で梅雨が明けたとみられると発表した。だが、このところの梅雨前線の影響による大雨は、東海・中国地方を中心に各地に大きな爪あとを残した。この際どい時期のMMCは毎回天候が大いに気になるところだ。今回ももし、雨でも降った場合は大塚山山頂手前の東屋でイベントができるなと思いつつも、何とか晴れてくれと願って迎えたMMCである。

多奈川渓谷は遥か下に流れていた |
梅雨明けで暑い日差しの下、青梅線・古里駅に降りたMMC仲間は36名であった。みんなもう汗ばんではいるが、やはり晴れた天候は嬉しいもの。9時35分、澁井幹事をコースリーダーに選んで出発した。駅前の国道411号線の信号を渡るのに時間がかかる。多摩川渓谷にかかった万世橋の上で後続を待った。殿のリーダーは松原さんである。信頼できる山男である。
炎天下となった日差しの中、吉野街道を歩く。古い街並みもあり、庭の中に茅葺屋根の家があった。それも屋根の天辺が神社と同じように弥生時代の建築様式をとっている。神社の屋根の形に興味を覚えたのは伊勢神宮を訪れたときである。「千木」と呼ぶ屋根の先端に延びる角、「風切」は横に伸び、屋根の背に並んだ骨木は「鰹木」と言うことなどを覚えた。神社なら兎も角、人家の庭の中にこんな建造物があるとは驚きだ。
古式な茅葺屋根の民家だ 鰹木も立派に並んでいる。

丹三郎から園地を通って・・・ |

鹿柵を潜ってから登山道に入る |
また立派な茅葺屋根の民家があった。民家といってもこちらは「丹三郎」のお蕎麦屋さん。丹三郎とはこの辺の地名らしい。ネットで調べると"『太平記』巻十四に建武三年(一三三六)正月。信濃国ノ住人二勅使川原丹三郎ハ、大渡(山城)ノ手二向タリケルガ、宇治(山城)モ山崎(山城)モ破レテ、主上早何地共ナク東ヲ差テ落サセ給ヒヌト披露有ケレバ、「見危致命臣ノ義也、我何ノ顔有テカ、亡朝ノ臣トシテ、不義ノ逆臣ニ順ハンヤ」ト云テ、三条川原ヨリ父子三騎引返シテ、鳥羽ノ造路・羅精門ノ辺ニテ腹カキ切テ死ケリ、・・・"とあり、信濃の勅使河原氏、丹三郎とあるから丹党の中の部族だったらしい。
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丹三郎から園地を通って・・・
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鹿柵を潜ってから登山道に入る |
御岳・大塚山への登山口の丹三郎園地には新しいトイレが作られていた。4年前に来たときの記憶が薄れているので、ここにトイレがあったか思い出せない。金網で作られた鹿柵を潜って、いよいよ登山道に入った。杉の植林値の中を登る。古里の駅前に集合したときは日差しが強かったが林の間にはいるといくらかましである。でも、汗が顔から滴り落ちてくる。山道を30分歩いて水補給の小休止。今日は頻繁に水分補給をした方が良いだろう。

杉林はときどき清風が通る |

頻繁に小休止をとろう |
途中、小まめに小休止をしながら高度を稼ぐ。汗が目に入って痛い。身体中の不摂生が流れ出すようで爽やかでもある。ときおり谷から上がってくる清風が心地よい。杉の木の間を通ってきた空気はフィトンチッドやマイナスイオンをたっぷり含んでいるから心身に効果があると云われているが、私にはフィトンチッドもマイナスイオンもどんなものか知らないし見えない。でも、気持ちが爽やかになることは間違いない。
1時間30分ほど登って、やっと尾根にでた。大塚山まで1.5kmとあるから、あと小一時間で山頂に着くことだろう。小休止をとる。小休止の度に澁井さんはラストを面倒見ている松原さんと確認をしているから余りバラケなないでまとまっている。
ここからしばらく平坦な山道である。先方から"面白いキノコがあるから見てよ"と無線が入った。ありました。白雪姫の舞台のような真っ赤な頭を持った可愛らしいキノコ。そばに弾ける直前の卵形のキノコもあった。タマゴダケのようだ。食用だそうだが誰も採らない。

知らないキノコは食べないこと |

3様のキノコはおなじもの? |

タマゴダケのタマゴ? |

タマゴダケが弾けた |
山頂間近でまた小休止した。若者二人が後からやってきたので誰かが"急行だよ〜"と怒鳴ったが二人は私たちの休憩場所に紛れてしまった。
急登である。最後の登りと思うので頑張る。汗が噴出してくる。件の若者が横をすり抜けて登って行った。若さは良いなあ。私も昔は若かったのだと訳の分からない言い訳をしながら最後の登りを踏ん張った。
11時55分、大塚山山頂に到着した。山頂のテーブルは先客がいた。二人の若者もいて、私たちを見てニコニコしている。ここは日当たりが良すぎて暑そうだ。山頂から20mほど手前の木陰にあるテーブルでイベントをやることにした。
今回のイベントは「お好み焼き」である。テーブルにはフライパンが4つほど並んだ。おっと、その前に冷たいビールを頂くことにしよう。喉をピリピリと刺激して胃袋に落ちていく。この一杯が旨い!

テーブルベンチの周りに集まった |
傍らに田中さんがへばったように椅子に腰掛けている。暑さに弱いんだよと云いながら登ってきたが、今日は自らぶっかき氷を持ってきている。少し休めば回復するでしょう。
お好み焼きは澤田シェフ、森本シェフ、珍しく岡田シェフに福島さんがアドバイスしている。斉藤さんが「焼きそば」を担当している。千葉さんが沢山のシシトウを油で炒めて醤油をたらし、いい香りをたてている。
新開さんが離れたところで一人お好み焼きを焼いている。みんな男の料理を楽しんでいるのだ。

材料が所狭しと並ぶ中で・・・ |

材料が所狭しと並ぶ中で・・・ 男の料理だ |
田中さんの足許には「八海山」をはじめ、岩井の「腰古井」、澤ノ井の「本地酒」、冷やした「上善如水」、「あんず酒」などが並んでいる。吉野さんがホッとワインを持って周っている。今日もたっぷり飲めそうだ?
お酒が入ると気分が良くなる。当然のことだ。4年前の大塚山でもお好み焼きをやったが、そのときもフライ返しでお好み焼きの空中散歩(?)を披露した。今回も調子に乗ってやってみた。高さが足らない。これも歳のせいかな。

4年前の空中散歩 |

今年は高さが足らない |
MMCの山頂イベントはいつも長い。
| スナップ写真は全部載せることができません。末尾のリンクで見て下さいネ。 |
13時40分ごろ、山の田中写真館による集合記念写真の時間となった。なかなか山頂に集まらない。みんなまだイベントに未練があるのかな。
1回目の撮影結果に田中さんは首を縦に振らない。何か気に入らなかったようだ。2回目でOKとなった。こだわりをもつプロの心意気だ。

綺麗にみんなの顔が揃いました (画像をクリックすると拡大します) |
下山を開始しようとしたときハプニング。杉本さんの右足のふくらはぎがこむら返りを起こして座り込んでしまった。小俣さんがふくらはぎを揉んだり、澁井さんがツムラの68を飲ませたりしたがなかなか納まらない。私は幸い山でこむら返りを起こしたことはないが、朝目覚めるとき、ときどきふくらはぎがつることがある。そ〜っと足先を伸ばし、静かにしているとすぐに納まることが多いが納まらないときの痛さは堪らない。
御岳のケーブル乗り場の広場まではここから20分ほど。応急処置をしている仲間をおいて先行出発することにした。
ケーブル広場で点呼すると25名、無線で残った仲間は11名、メンバーを確認したので順次解散とした。数人がケーブルで降りて行った。
先のグループで小菅さんは表参道の杉並木を歩いて下るという。森本さんはさらに走って降りるらしい。元気よく帰って行った。
20分ほど遅れて全員が揃った。杉本さんもスッカリ治ったようだ。
反省会は広場に面した冨士峰軒。30名ほどが店を独占して反省した。残念なことに生ビールが6杯しか残っておらず、多くは瓶ビールで我慢した。反省!?
平井さん、小俣さんが林道を歩いて行くという。元気だなあ。この杉林道は両側に杉の大木が連なっていて、それぞれ番号が振られている。登りは1時間ほどで楽しいのだが、下りはアスファルトの道が結構足を疲れさせる。

こちらはビールで反省 |

こちらは氷で反省 |
そのほかの面々は15時41分のケーブルカーに乗って下界の人となりました。
写真提供:田中、小林、篠田、澁井、恭子、小川
報告:小川 武

大塚山トレッキング・ログ
(平井さんはケーブルに乗らず表参道を歩いて下りました) |
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